クボタの株価に見る日本の現状

まず、アスベストで良くも悪くも話題になったクボタの株価を見てください。

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最初にアスベストによる従業員や周辺住民の被害を報告したクボタは、個人による空売りを浴びせられましたが、「補償は限定的で、アメリカのアスベスト業者のように倒産しない」「アスベスト代替製品が逆に利益になる」と市場は判断したのか、株価が上昇しています。

アメリカでは、アスベスト被害による賠償・裁判費は700億ドルにのぼり、アスベスト関連会社の倒産は75社と、米国のアスベスト業界は壊滅的な打撃を受け、倒産後再生したのは、体力のある国際的な大企業だけだったということです。

振り返って、日本では、
・1992年に、国会に「アスベスト規制法案」が提出された。しかし、業界団体が『健康障害は起こり得ないと確信できる』などとした見解を文書で政党と省庁に配り、自民党などの反対で一度も審議されないまま廃案になっていた
・アスベストの健康被害で、企業が付近住民や従業員の家族から請求される賠償金に対し、大手損害保険会社が80年代半ばから保険金を支払わない免責契約に切り替えていた
・つまり保険業界は「アスベスト関連の保険はヤバイから引き受けたくない」と分かっていた

当時すでにアスベストの有害性や規制の必要性が明らかだったのですが、政府と官僚の手によって潰されていたのです。確かに、経済の安定と成長が国政上の優先課題であり、産業の保護は重要政策ですが、本当ならば、それらよりも「国民の生命・健康が最優先」のはずです。

クボタにどれだけの責任があるのか現時点ではよく分かりませんが、一般的な話として、責任ある会社には相応の責任を負わせるのが、正しい資本主義です。今のような「見舞金で済まされる」状況は、法整備の不十分なエマージング諸国と変わりありません。アスベスト新規立法には、被害者への賠償、企業の社会的責任について、十分に対応できることを期待しています。

(日本国憲法)
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第二十五条2項  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(引用終了)

(引用開始)
◆米国
◇賠償・裁判費、700億ドル--倒産75社、規制なお半端

米国では日本よりも早くアスベストの大量使用が始まり、健康被害も拡大したが、その実態把握や使用規制は十分でなかった。被害者による巨額の損害賠償請求訴訟が相次ぎ、倒産企業が続出するなど深刻な社会問題に発展して、「米史上最悪の労働災害」と指摘されている。

アスベストによる健康被害は、米国では20世紀初頭に確認された。第二次大戦中、造船などに使われ多数の被害者が出たものの、具体的対策は取られず問題が拡大した。

環境保護局(EPA)が換気基準を定めて対策に乗り出したのは71年。アスベストの輸入規制も試みたが、業界や輸出国カナダの抵抗で不発に終わった。EPAは86年、学校建築に使うアスベストの規制を進める一方、89年には大半の製品についてアスベストの使用を禁止した。しかし、関連業界の猛反発を受けて連邦高裁は91年、この禁止を無効と判断。一部のアスベスト製品は引き続き使えることになった。

現在、有害物質規制法などで使用が制限されている製品もあるが、米国のアスベスト規制は今も中途半端な状態。労働安全衛生局(OSHA)によると、約130万人がアスベストの影響を受ける建設現場などで働いているとみられ、健康被害の実態は明確でない。非営利組織「環境ワーキング・グループ」は、年間1万人がアスベストによる中皮腫などで死亡していると推計している。

米ランド研究所が5月に公表した報告書によると、アスベスト関連訴訟は60年代に始まり、90年代に急増。02年までに、約73万人が約8400社を相手に損害賠償訴訟を起こした。

企業の悪質さが認定されれば巨額の懲罰的賠償が科されることもあり、02年までに賠償金の支払いや裁判費用に要した金額は700億ドル(約7兆9000億円)。これまでに75社前後が倒産、5万2000~6万人が失職した。01年に連邦破産法の適用申請に追い込まれた老舗の家屋建材会社の場合、15万件もの訴訟を起こされていた。
(引用終了:MSN毎日新聞2005年8月2日

(引用開始)
1. アスベスト製品の製造を強行した米国産業界
イタリア、ギリシャで始まったアスベストの繊維産業は20世紀に入ると、イギリスなどを中心にその有害性が指摘されるようになりました。1924年ごろには、その因果関係を立証する診断がなされ、アスベストーシス(asbestosis)と名付けられています。その後も有害性の研究発表が続き、1930年代には危険な鉱物であることが広く知られるようになりましたが、復興が最優先された第二次大戦後(1945年)の世界経済は、経済効率の追求にしのぎを削ります。断熱材、防火材、床材などに関しても、パフォーマンスの良いアスベスト使用の建材が主流となり、危険性は無視されました。この傾向は関連製品生産量の多い米国で顕著でしたから、1980年代になると、業界関係者に遅行性の中皮腫(Mesothelioma)が年間数千人以上も多発するようになり、危険性が表面化します。70年近くも有害性が叫ばれてきたアスベストですから、多くの被害者は当該企業に賠償を求めて訴訟を起こします。米国の関連業者のほとんどに対して訴訟が起こされましたが、すでに疫学的な因果関係の立証が容易になっているために被害者の勝訴が続き、約8,400社にも達していた米国のアスベスト業界は大混乱に陥りました。

2. アスベスト被害者のクラス訴訟(クラスアクション)(class action)
近年の悪性胸膜中皮腫(mesothelioma)の年間新規発生数は全世界で10,000人から15,000人と言われます。米国では毎年この数字に近い10,000人が、アスベストによる中皮腫や肺がんなどの肺疾患により死亡しているとも言われますから、アスベスト関連の訴訟が急増した1980年代ごろには、裁判所の個別審理が難しくなってきました。そこで、メリーランド州のボルチモアで採択されたのが、原告8,000人以上を統合した、クラスアクションと呼ばれる集団(団体)訴訟でした。この例では1992年に被告の製造会社複数に賠償責任を認める判決が下されています。この頃から集団訴訟が急増しましたが、敗訴が続いた関連業界は壊滅的な打撃を受けてしまいました。訴訟がピークに達する1990年代初期からは、ほとんどの関連業者が賠償に耐えられずに倒産に向かいました。
(引用終了:壊滅した米国(アメリカ)のアスベスト(石綿)産業とトラスト・ファンドで再生した国際企業
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by kanconsulting | 2005-08-27 10:36 | 経済状況
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