平成16年6月といえばつい先日のことですが、財務省のとある会議室において、慶應大池尾教授、田中直毅氏、その他財務省審議官などにより、日本経済の将来についての懇談会が行われたそうです。
その中で、慶應大学の池尾教授は、次のようにプレゼンしたとされています。 ・バブル経済の際、民間企業のバランスシートが膨らむ一方、家計の金融資産は1,400兆円まで増えた。しかしながら、家計の金融資産は、その見合いとしての企業の債務に裏付けられており、バブル崩壊でその多くが過剰債務となった現在では、家計の金融資産も実態としてはかなり価値が毀損していると考えられる。 ・バブル崩壊によって生じた問題からの脱却の第1局面、すなわち、民間部門の債務を公的部門に付け替え、民間部門の健全化を進める局面は終わりを迎えつつあり、そろそろ公的部門に付け替えられた債務の償却を考えなければならない第2局面に入ってきていると思われる。第2局面を打開するには、家計の過剰な金融資産を増税等により実質的に圧縮し、公的部門の債務の償却にあてる必要があるのではないか。 ・現在、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化の目途は立っておらず、足元の回復も構造的な要因ではなく、循環的な要因であると考えられる。過去の経験から名目利子率が名目成長率を上回るという可能性を考慮すると、プライマリー・バランスがゼロになっただけでは、対GDP比債務残高の発散は止まらない。公的債務残高をGDPの2倍程度で安定化させるなら、対GDP比4%程度の黒字化が必要である(名目利子率が名目成長率を2%上回る場合)。 ・なお、巨額の公的債務残高の存在にもかかわらず、世間的に危機感がさほど抱かれていないのは、低金利状況の下で、債務維持負担(debt service burden)が非常に軽いものに済んでいるからである。日本銀行のゼロ金利政策とそれに続く量的緩和政策が、こうした債務維持負担が軽い状況を作り出している。 ・換言すると、日銀が量的緩和政策を続けざるを得ない経済情勢が続くことが、財政の安定が維持できる条件になってしまっているともいえる。そうした経済情勢とはデフレの持続にほかならず、デフレの脱却による日銀の政策スタンスの変更が財政危機の顕在化につながりかねない状況と言える。 ・このような財政状況は、これまでの後先を考えない「何でもあり」のマクロ経済政策のつけが回ってきた結果であるというしかなく、国債価格支持政策としての量的緩和に、当面、出口戦略は見出しがたいというのが率直なところである。もし比較的高い名目成長率が実現でき、国債価格支持政策によって名目金利の上昇が抑制できれば、ソフトランディングもあり得ないことではない(この場合も早期に基礎的財政収支の黒字化が図られることは不可欠)が、かなり激発的な調整が起こる可能性も否定できない。 ・いずれにせよ必要なのは、国債保有者と納税義務者の間での債権債務関係の再構築であり、このプロセスについては、想像力を豊かにしシナリオをいくつか準備しておく必要があるだろう。なお、インフレも、債務者利得の発生を通じて債権債務関係の再構築につながるという意味では、一つの可能性であることは確かであるが、ハイパーインフレという形の債権債務関係の再構築が唯一の可能性であるというのは、アナクロニズムではないか。 これを受けて、参加者(教授や審議官)で、次のような議論が行われたとされています。 (楽観的意見) ・日本経済は2年間回復局面にあるが、今回の特徴は財政出動がなかったことだ。民間は財政出動に頼ることなく、自らが合理化することで景気を回復させた。このような民間の姿勢こそが「柔軟性」である。政府が手厚く保護すれば保護するほど、民間は政府に頼ってしまう。政府のやるべきことは、再び政府が手を引くことである。 ・金利の上昇が財政再建のキックオフとなりうるという面はある。 ・高橋是清蔵相は515事件の後ケインズ政策を行ったが、それは当初の3年間で終了しており、その後は公債漸減主義を掲げ、財政の健全化を行った。「高橋財政」とよくいわれるが、高橋是清蔵相の政策は財政の健全化と、低金利による経済の活性化であった。これから私たちが取り組むべき政策ではないか。 (悲観的意見) ・財政再建については整合性のあるようなシナリオを書くのは難しいのではないか。将来的には悪性インフレシナリオが考えられる。悪性インフレは現在のような「もの余り」の状況では発生せず、名目金利が低く抑えられる。その結果、財政赤字には歯止めがかからない一方、財政赤字の結果潤った民間資金が国債を消化するため、低い金利水準を保ったまま、公的債務残高が増加してしまう。このような状況は20年程度継続するのではないか。 ・財政の悪化によるクラウンディングアウトはしばらく起きないと考えているが、このまま公的債務残高が増加し、税収が増加したとしてもまかないきれなくなれば、クラウンディングアウトは起きてしまう。プライマリー・バランスの目標だけでなく、最終的な目標を明示しないといけない。 ・最近、金利上昇が発生しても、税収も同様にあがるのだから、利払費だけを取り上げて議論するのはナンセンスという議論がみられるが、もし税収の弾性値が低下していれば、こうした議論は成立しないのではないか。 ・公的債務残高、金利、税収の関係を考えると、自然の姿では手当てできない状況ではないか。現状では、金利が上昇する際には、税収よりも利払費の増加分のほうが大きくなってしまう。 【引用おわり】 本文は、財務省のホームページで見られたと思います。これは、実質上、財務省が国レベルの今後の経済政策を考える懇談会と思って差し支えないでしょう。教授のプレゼンで、いくつか着目する点がありますが ・家計の金融資産は1,400兆円だが、裏付けである企業の債務が過剰債務となったので、家計の金融資産は価値が毀損している。 → 先だってブログに記載しましたように、「国民金融資産は、返せないかもしれない」のです。 ・そろそろ、家計の過剰な金融資産を増税等により実質的に圧縮し、公的部門の債務の償却にあてる必要がある。 → これまでも指摘していますとおり、国は、臨界破綻点を越えないためにも、増税などの形で、国民金融資産を食べる必要があります。 ・プライマリー・バランスの黒字化の目途は立っていない。足元の回復は、循環的な要因である。 → ブログで指摘した通りです。 ・日銀が量的緩和政策を続けざるを得ない経済情勢が続くことが、財政の安定が維持できる条件になってしまっている。 → つまり、自転車操業をするほかなく、国債も安定的にひきうけさせなければ立ち行かないということです。 そして、財務省高級官僚たちのコメントにおいても、 ・財政再建については整合性のあるようなシナリオを書くのは難しいのではないか。 ・公的債務残高、金利、税収の関係を考えると、自然の姿では手当てできない状況ではないか。現状では、金利が上昇する際には、税収よりも利払費の増加分のほうが大きくなってしまう。 → 先月のブログで記述したとおりです。 この懇談会で出た意見はこれですべてではありませんが、財務省の高級官僚自身が、現在の状況を分析した上で、経済政策を立案しあぐねているというのが実情でしょう。そして、増税などの形で、国民金融資産と公的長期債務を相殺する時期に来ている、というのが官学の共通した認識でしょう。
by kanconsulting
| 2004-08-11 22:42
| 経済状況
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